保険適用医療の矛盾

ブログを開いていただきありがとうございます。

患者の集い・モミの木事務局です。

本日は、「保険適用医療の矛盾」ということで、ブログを書いていきたいと思います。

保険適用外の医療を受けたことがない、という方もいらっしゃると思いますが、がんと関わるようになると、「標準治療」「自由診療」などの言葉をよく耳にするようになりますので、今回はそれについて、考えを深めていけたらと思います。

がん治療の現場でよく耳にする「標準治療」という言葉があります。

正確に定義されたものではないのでしょうが、大まかには以下のような意味があると思います。

「すでに、治療効果について十分な解析がなされていて、その中では有効性が高いと判断され、かつ健康保険が適用される治療」ということです(以下、健康保険を単に保険という)。

保険が適用される治療とは、国が安全性と有効性を認めたものであるということです。また、日本国民ならば全国どこででも平等に受けられる治療です。保険が適用される一般の病院ならば、どこでもこの標準治療がベースとなり、治療方針が決められるわけです。

日本のがん医療を担う医療機関は、ほとんどがこの保険医療機関です。

東大病院にしろ、築地の国立がん研究センターにしろ、この保険が適用される標準治療をベースに治療のプロトコールが作られるわけです。

がんを切り取って、そのあとは大量生産された薬を使用するという従来型の医療のパターンならば、手術方法と薬の投与方法が同じ場合、全国どこででも基本的に同じ治療が受けられるということになります。

日本のがんに対する保険医療のレベルは、患者サイドから見ても高い水準にあると言えます。新薬の認可は先進国ではいつも最後になるという問題はありますが、おおむね納得のいく範囲でしょう。

治療費に関しても、米国と比べるとかなり安く抑えることができます(がんの種類や病状によっては、それでもかなり家計に負担がかかる場合もあります)。高額な医療の場合でも、保険適用医療ならば相当額が戻ってくる仕組みができています。

医師や医療機関の側から見ても、基本的には安全性を考慮に入れて定められたルールですから、その範囲を大きく逸脱しなければ責任の範囲も限定できるわけです。

もちろん行政サイドも同じです。

ここまで書いてくると標準治療に従っていれば、最良で最善の治療が受けられると思われがちですが、現実はそうならない方向に向かっています。

私たち患者サイドが一番に感じる問題点は、保険医療機関では自由診療で行われている治療と併用することができないということです。もちろん、できないことはないのですが、行った場合には保険が適用されていた治療も全額自己負担になってしまいます。したがって、保険診療の治療と自由診療の治療の併用を「混合診療」と言いますが、同じ医療機関では、現実には不可能に近いということなのです。

 

実は保険適用医療の中でも、よくよく考えれば、おかしいと思われるものがたくさんあります。

いくつか例を挙げていきます。

レンチナンという薬があります。免疫賦活を促す薬ですが、これは胃がんの治療で使われるテガフールという抗がん剤とともに使うことで保険の適用が受けられます。もともと抗がん剤のように高額でなく安い薬ですが、他のがんの抗がん剤治療では保険適用にはならないのです。レンチナンの作用が特にテガフールと関係しているというわけではなく、製薬会社がテガフールでしか臨床試験をしていないからです。

タルセバという分子標的薬が非小細胞肺がんの治療に使用する薬として認可されました。イレッサと同じような作用で働くのですが、この薬剤は米国ではすい臓がんの治療にも使用されています。日本ですい臓がんの治療に使用したければ、自由診療機関に行かなければなりません。

また、すい臓がんに使用できる抗がん剤は、ジェムザールとTS-1です。TS-1は、近年ようやく使用が認められるようになったのですが、他のがん(胃がん、大腸がん、肺がん、頭頚部がんなど)ではすでに標準的に使用されていた抗がん剤です。

抗がん剤の認可の手順は、部位ごとのがんに対する効果を検討して決められたのではなく、高額な臨床試験を通るために、どのがんの治療に使われたほうが企業として収益性が高いかを、それぞれの製薬会社が判断して臨床試験に臨んだ結果なのです。

もともと、一般的な抗がん剤の多くは、細胞が分裂するときに作用するものですから、部位ごとのがんに対して原則的には作用原理が異なるというわけではないはずです。

これまでのがん治療は、がんの部位ごとに治療方法が検討されてきましたが、現在ではそれを踏まえたうえで、患者個人のがんの性質(遺伝子変異の状態)に合わせて抗がん剤は選択されるべきであるという考え方が主流になりつつあります。

特に、新薬として登場してくる分子標的薬や抗体医薬の多くは、免疫系ががんを攻盤する際に利用する方法と同じように、がんの特徴を認識して作用します。また、現在、話題の「がんワクチン」は、まさに免疫療法そのものです。

これらの分子標的薬や抗体医薬、がんワクチンなどは、がんの部位というよりは、それぞれの患者さんのがんの性質によって、効くか効かないかが分かれるものであって、旧態依然の審査方法や許認可の考え方が、すでに時代遅れであることは明らかです。

混合診療を考えると同時に、現在の保険適用の考え方も、時代に合うように考え直していかなければならないのです。

平林茂著 医者の言いなりにならない「がん患者学」P86~P90より