がんを知ること
の重要性

患者さんご本人、そのご家族の方々が、勉強していあただくことで新しい可能性が見つけられるかもしれません.。

 
がんという病と対峙したとき、その本質を知ることは非常に大切なことだと考えます。戦いにのぞむ相手を知ることは重要です。

経験上ですが、患者会でもがんを勉強している人ほど、治療がうまくいくケースが多いように感じます。
病院などにおいてある解説書などは、わかりやすく書いてあり参考になりますが、標準治療を基盤においているので限界があります。

がんは、同じ部位のがんでも個人差が大きく、オーダーメイド型の治療が求められるケースも多々あります。
私たちの患者会では、相談できる一流の医師も何人も参加してくださっています。学ぶ機会を活用していただければと考えます。

標準治療の限界

標準治療の限界を知ることで、見えてくる可能性がある

「全国どこででも、平等に受けられる高度な医療」

この意味の裏には、国家試験を通った医師や認可を受けた医療機関で行われる治療は、基本的には信頼に値するものであり、誰を何処を選んでも金太郎飴のように同レベルでなければならない。という考え方に通じます。

そのような、システムを構築するためには、医師の手腕に関わりなく決められたプロトコールに沿って投与可能な薬剤が主役になります。

国が定めたレールの上で、それから逸脱しない形での治療が求められます。

また、このシステムにのっとっての治療であれば、たとえ治療そのものが、うまくいかなくても医師や医療機関の責任を問われることはありません。ある意味だれも責任を取る必要のない医療でもあるのです。そのため、医師や医療機関は安心して医療行為が行えるという利点はあります。反面、保険診療内で行える医療行為以外は原則禁止されるために、それ以外の治療を取り入れようと考えてもそれは許されない行為となります。限られた武器を、限られた範囲でしか使用できません。結果、思考を停止しそのような考えは排除されます。

「平等に行える医療、医療の全国均てん化」を国は政策として掲げてきました。

しかし、現実これは不可能です。誰でも行える平等な医療を基準に置けば、そのレベルの水準を下げなければなりません。

重粒子線治療を考えれば、わかりやすい。数百億円と莫大な維持費が必要となる施設の建設を全国どこでも受けられるようにするのは、無理があります。また、高度な遺伝子治療や免疫細胞療法なども、その知識や経験がある医師のところでしか受けられないでしょう。

高度な医療は、集中させるべきであり、分散させてはそのレベルが下がります。

長期滞在型で高度な医療が、集中的に集学的に行える拠点を地域ごとにつくり、離れた人でも安心して長期滞在型で治療が受けられる医療システムを構築させるべきだと考えます。(がん拠点病院では、不十分です)

また、保険が適応できる薬剤の範囲が限定されていたり、使用方法に制限が多すぎたり問題点もあります。

がんの新薬は年々価格があがり、限りある予算の中では、当然使用制限が設けられる必要性はあります。

しかしそれにより、患者の命が左右されるという考え方は、どうもしっくりこないし、正しいがん治療であるとは到底思えません。

これらの問題に関しても私たちは考えていきたいと思います。

正しいがん治療とは

私たちは、がんの標準治療を否定するものではありません。ただ、それだけが正しい治療や知識のように言い、それから逸脱したものを否定することは、全く科学的でないし可能性を排除するものです

「がんの標準治療だけが、正しい治療である。}という人たちにお聞きしたい。それでは、なぜ毎年がんで亡くなる方が40万人にも上っているのか?しかも、それが増え続けているのはなぜか?

本当に正しい治療法であり、成功している治療法であるならば、毎年死亡者は減少していっているはずである。
日本だけで40万人です。普通に考えれば、治らない治療のどこが正しいのか?

がん治療に正解があるとしたら、(現実はないと考えます)それは、標準治療に沿った方向性でるあるかもしれません。
したがって、私たちはそれを否定するわけでは全くないのです。

しいて言うのならば、
「標準治療だけが正しい治療であるというわけではない」という意見です。 

新しいがん治療法の方向性を考える

科学的な視点に立った新しい治療法を、私たちは否定しません。患者さんと、そのご家族そして私たちを支えてくれる医師や科学者の人たちとともに、悩み、考え、勉強し、選択していきたいと考えています

多くの人に、がん治療は日々進化していると考えますか?という問いに対してYESという答えが返ってきます。

しかし、現実は、前述の40万人の数字が目に入ってきます。確かに、一つ々の技術や治療法は、進歩してきたでしょう。
放射線治療は、重粒子線治療も身近なものに近づき、一般的な放射線治療でも、副作用の少ないとされるピイポイントでターゲットを狙えるものになってきました。

手術も、内視鏡手術やロボットが行うことができるようにもなって来ています。薬剤も、遺伝子検査の進歩で、患者さんのがんの特徴にあった分子標的薬が主流になってきています。

ここ10年、20年の個々の技術の進歩は目覚ましい。それでも、がんは人の命を奪っていきます。武器の性能は、格段に進歩してきましたが、それを有効に活用できる作戦の変化はありません。

203高地の攻防戦の時のように、同じ突撃を繰り返すばかりです。
児玉源太郎のような人が出てきて、視点を変えての作戦の変更が、今必要であると考えます。
視点を変える、作戦を変える→モミの木は、患者さんや医療関係者の方々とそれを考え、実行に移していきます。

エビデンスという言葉でごまかす人たち

標準治療以外の治療法を否定する人たちが、常に口にするのはエビデンスという言葉です。

それでは、エビデンスというのいったい何なのでしょうか?

医学で用いるときには、EBM:Evidence Based Medicine といい根拠に基づいた医療という言葉です。簡略化して言えば、統計学的有意差が証明されたものをいいそれをもって証拠として扱っています。

統計学的データは、右に行くか左に行くかわからないときに、少しでも可能性が高いほうを選択しようとするときに使用すべき指針であって、

それを証明とするのは他の科学を志向するものにとってはどうにも理解できないものです。

したがって、この統計データがないものや、統計的データ上で有意差が見られなかった場合は、エビデンスがないと言われます。

新しい治療法や様々な治療法を合わせた治療により効果を上げた場合においても、統計学的データがないということで切り捨てられます。

新しい治療法などは、データがそろっていないためにエビデンスがないとよく言われます。

これはまだしも、それは間違った治療法、効果がない治療法であるということとは、全くイコールではありません。

そこには、大きな可能性が隠されているかもしれないのです。

本来の意味が分からず、エビデンスという言葉を使用することで、自らの言動が正しいと考える人たちには、科学というのが本来なんであるかをもう一度学んでほしいと考えます。